2007年8月アーカイブ
急いで羽田に向かいチケットを購入すべくカウンターで手続きをした。パソコンに向かう女性に、氏名・年齢・電話・の問いに答えた。ここまでは従来のマニュアルです。驚いたのは、その手続きの最後の ? である。 “さきやま様!男性でしょうか?”一瞬吹き出しそうになりましたが、笑いをこらえて“はい男です” チケットを受け取ったあと、急ぎトイレに駆け込み、毎日対面している自身の顔を改めて見たが、とても女性と見紛う顔ではない?!
何だったのでしょう。
そして、土日は、地域・町会の盆踊り大会巡りに出かけました。踊りが苦手な私は専ら見物役であります。そしてこの写真。町会長とのツーショットのシャッターを押してくれたのは、地元カメラマンの杉山さん。首には仕事用のカメラをかけていましたが、我がままを言って私の携帯写メールで撮っていただきました。
締めくくりは、ミュージカル、はだしのゲンの紹介です。12年間続いているロングラン。この芝居には、私の高校以来の友人が、ゲンの父親役として出演しており、今回初めて、彼から芝居の誘いがありました。居候癖の私は、彼の家にも4ヶ月ほど世話になったことがあり、そしてまた12年目にして初めてのご案内でもあり、万難を排して劇場へと向かいました。
はだしのゲンは、終戦間近、広島に原爆が投下された前後の物語で、原爆の悲惨さと、いのちの尊さを訴える作品です。
この夏、民放特番でも放送されました。テレビではゲンの父親役の中井貴一さんと同じ役柄といえばわかり易いのかも知れません。(俺のほうが古いんだから、と彼から物言いが出そうですが)
毎年8月のならわしとして、先の大戦のことが取上げられます。私も今年は初めて靖国神社の昇殿参拝をさせていただきました。当時を生きていない私にとっては、二度と繰り返してはならない戦争、そしてまた反面、戦後の贖いはいつまで続けなければ・・・・・という相半ばするこの時期でありました。
はだしのゲン、劇中での最後の科白をご紹介します。
『時の流れの中で、消えていく過去を引き戻しながら私たちは今を生きとります。今年もひとつの燈籠が私の手にあります。この燈籠を流すとまた暑い夏が終わるのです。』
鬼籍に入ったばかりの叔父からの言葉を思い出した。
当時憲兵だった叔父は南方で終戦を迎えた。戦闘よりも飢えに苦しんだという。現地で終戦を知り、軍刀を土に埋め復員帰国したそうである。『いかなる理由があろうとも戦争はいかん 人間をおかしくさせる』30年前に聞かされたその言葉を思い起こした芝居でもありました。
さて、『水の上を歩く』この対談集のタイトルとなったジョークを一つご紹介します。
ガリラヤ湖でモーゼとキリストが釣りをしていました。お二人とも奇跡を起こす天才です。そこでまずはじめにモーゼが4000年前に起こした奇跡。“水よ裂けよ!”と声をかけた。するとガリラヤ湖の水は真っ二つに裂けた。そして二人の乗った船はストント湖底の砂の上に落ちた。今度はキリストが“よし、ワイは水の上を歩いて見せたる”と水の上に足を踏み出した途端に、ドボドボと水の中に潜ってしまう。あわててモーゼがキリストを助け出した。キリスト曰く“おかしいなぁ・・・足に穴があくとやっぱり水の上は歩けないのかな”
こんなジョークが満載です。無心に楽しめる一冊でした。
紳士諸兄には、是非ご一読を!
東京都地域防災計画は、阪神淡路大震災の教訓を受け改訂して以来9年ぶりの改訂となった。今回の見なおしの特徴は、住宅の倒壊による死者の数を数値目標を立てて半減させるなど、減災といったカテゴリーも盛り込まれた。また、近年多発している局所的な集中豪雨対策、風水害編も新たに加えられた。
荒川区に目を転じると、区内のほぼ全域が、防災危険度の高い地域となっている。木造密集地域整備事業や都市防災不燃化促進事業などの防災都市づくりが縦横に図られている。尾久地域では昨年をもって防災生活圏促進事業が完了した。事業エリアの外周の幹線道路の整備は一定の成果が上がっている。次なる課題は内側部分(あんこ)の、ミニ延焼遮断帯の整備が必要となってくる。生活道路の幅員6m程度を確保するとによって、建替え促進、歩行者・自転車・自動車がゆったりと往来でき、より快適となります。これは尾久地域だけに限らず、区内全地域を対象として進めていくべきです。
ミニ延焼遮断帯
延焼の危険性が高い地域において、延焼を防ぐとともに、避難経路となる空間(ミニ延焼遮断帯)をつくっていきます。道路空間の確保と沿道の不燃化につながる建替えの促進が期待できる。
来年開業となる日暮里舎人ライナー
新車両
我が国の国際観光収支は、平成18年で、約2.1兆円余の赤字となっていて、著しく不均衡な状態が続いている。
また外国人受け入れランキングでも、世界第32位。ダントツの一位はフランスとなっている。10年後の東京では、昨年の450万人から1000万人に倍増すると掲げている。
千客万来の掛け声のもと、3年後には成田新高速鉄道は、成田空港と日暮里間が現在の51分から31分へと飛躍的に路線のスピードアップか図られることになる。地元荒川区としてもこれを周辺の活性へとつなぐ千載一遇の好機として捉え、海外からの旅行者を迎え入れる機運も盛り上がりつつある。しかし東京都の日暮里駅の位置づけは未だに無印となっている。日暮里は、知名度においては、通称〝谷根千〟や上野、浅草には及ばないが、広域的に行政区割りを超えた観光まちづくりが必要なのではないかと主張しました。
私の主張に対し答弁は、
日暮里駅は、日本の玄関口として外国人旅行者を迎え入れる役割を担うことが期待できる。現在観光アドバイザーを派遣して、活気と賑わいの創出を目指した研究がなされており、地域の主体的な観光まちづくりを支援していくとのことでした。
私は都の積極的な観光まちづくりの支援を求めました。このことについて何度もキャッチボールを重ねましたが、都側は第一義的には地域主体であり、バックアップする立場との見解を譲りませんでした。これからもこの事については、継続して求めていきたいと考えています。
継続は力なり しつこさは山をも動かす です。
日暮里繊維街
商店は3代続けば老舗といわれている。ところが3代続いている商店がどれくらいあるか?裏返せば、事業承継がいかに困難で、代替わりが激しいかみて取れる。
また、自由競争を標榜するアメリカでは、地域でビジネスをする企業は、ステークホルダーとしての地域貢献が求められている。それに対し負担をしないで、利益だけを受け取ることをフリーライダー(タダ乗り)というそうだ。
都の商店街支援策についても、地域に貢献する商店街の支援を積極的にすすめて頂きたい。そして都の調査でも明らかなように、70代の高齢者の8割が頻繁に地元の商店街を利用しており、日常生活に欠くことのできない存在となっている。地域の生活圏である商店街を支援していく必要がある。都では『新元気を出せ商店街』事業を実施しているが、売り上げの低下や、空き店舗対策などの克服すべき課題は山積している。商店街自らの創意工夫が求められているが、都として商店街の実情をより具体的に把握する必要があると求めた。そして今回初めての試みとして、商店街に調査員が赴き、直接対面方式で実態調査を実施するとのことである。
都税収入は増加傾向にあるが、地域商店街は、未だに好況を実感できる状況には至っていない。
大規模小売店舗を悪者にするつもりはないが、弱肉強食、優勝劣敗・適者生存、市場に適さないものは即退場という考え方には与したくありません。
商店街は地域らしさ、そして文化の象徴でもあります。帳簿に載らない義理・人情がそこにあります。
オリンピックは今や、グリーンゲームとも呼ばれ、環境問題と不可分となっている。前回の高度経済成長期の東京オリンピックとは異なり、環境対策は五輪招致必須の条件とも言える。しかし未だに五輪は、アスファルトを敷き、コンクリートを積み上げるという印象を持っている都民は少なからずいる。
東京都が策定した『10年後の東京』とオリンピックは軌を一にしたものであり、その目玉となるみどり倍増計画の実現に向けた意気込みについて都知事に問うた。
また、この計画は、東京の緑を新たにサッカー場1500面分、街路樹100万本計画(現在48万本)や夢の島を海の森に生まれ変らせるとなっており、ひとり東京都庁だけで成し得るものではない。区市町村や企業・都民の協働が事の成否の鍵となる。その認識と取り組みを求めた。
8月4・5日は、地元尾久の八幡神社の夏祭りでした。車外気温の表示は、37度にまで達しており、この夏一番の最高気温ではなかろうか?とにかく暑い二日間でした。今年も地元町会の祭礼実行委員長を拝命していたので、各町会の御酒所巡りをすませ、5日は地元町会での巡行に参加しました。
写真は、不肖ながら私が会長をつとめている西六囃子連の子供たちです。5年目を迎えたお囃子の会ですが、今年は大勢の子供たちを中心に、町内を練り歩きました。
その訳は? 文化庁の関連団体からの支援事業として、五代目松本源之助、若師匠から直々に手ほどきをしていただいた、お囃子教室の成果である。事業申請がやっと認められました。
http://www.kokuminkyokai.or.jp/jigyou_sien.html
ご興味のある方は、上記URLにアクセスして下さい。そして是非ご活用ください。
選挙の御礼
選挙から1週間が経ちました。
自民党にご支援と、ご協力いただきました皆様に、心から感謝と御礼を申し上げます。
去る29日の参議院選挙では、当初の予想以上に惨敗を喫する結果となり、選挙の怖さを改めて感じました。
党幹部からも、今回の選挙結果を受けて、その分析や、事後の対応についてのコメントが述べられています。特に敗因については、年金記録問題に端を発し、政治資金報告書や閣僚の失言問題は、国民に反感を買ったことは紛れも無いが、遠因ではあっても、大敗北の決定的な理由が見つからないのが、本音です。選挙を戦って直感的に肌で感じたことは、逆風というより、いつもと違う空気に違和感を感じ続けていた17日間でした。
メディアでの敗因は、百家争鳴となっていますが、ぞれぞれに頷けます。
しかし、国民が今政治に求めているものと、我が党の主張がかみ合わず乖離したこと。続発する不祥事や、トラブルへの苛立ちがあったことは間違いない。
果たして混沌とした社会で、政治がいかに国民に向き合い、不安解消に向けた取り組みがなされるか、今後の我が党の命運を帰趨するものと考えます。
敗軍の兵として、厳しい選挙結果を真摯に受け止め、そして反省し、それらの課題を検証して、しっかりと次につなげる努力が求められているものと思います。
今後ともご指導、ご支援をよろしくお願いします。
