『散砂の民』

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 『散砂の民』この言葉をご存知ですか?四半世紀前初めての海外旅行が中国でした。幼馴染が南京に住んでいてひと月あまりの長旅、その半分は西域へのひとり旅でした。ハラハラどきどき楽しかった。友人と酒を交わしながら中国人とは ?彼は、孫文先生曰く『散砂の民』強く握れば砂は手からこぼれる

「親父の供養」 2012年9月13日

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 さて、父の七回忌法要から東京に戻って10日が経ちました。
お盆と法事が重なり、Ipad に向かう時間がなく今日になってしまいました。
久しぶりに夜の日程がないので、往路からの続きを書かせていただきます。
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なぜ、親父のことをわざわざ書こうと思ったのか?
まずこのことからお話ししなくはいけないでしょう。
8月10日から15日までの6日間、私はモラロジー研究所のセミナーに参加しました。
千葉県の柏にある、麗澤大学の創設者の廣池千九郎博士が唱えた道徳・生涯学習の勉強会です。何だかいつもせかせか忙しいのに夏休み期間とも相まってか、大きな行事と重なることもなく、研修所に缶詰めになり、その概論講座を受講することができました。
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さて、その講義の中で講師の女性から、自身が実践したことの紹介がありました。
お父様の一周忌を迎えるにあたって、何が一番供養になるのか、ご家族で話し合った結果、故人の思い出を、それぞれの思いで書き記しましょうということでした。
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この話を聞き、私も父の七回忌を間近にして、どんな親孝行したのかな?ふと自問し、思い返してみるとほとんどその記憶がないのです。胸を張るなんてレベルでなし、逆に肩をすぼめたくなってしまうのが率直な感想です。
『まあずいぶん甘えさせてもらいました』
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恥ずかし気もなくそれが供養と信じて、今更ながら父のことをつらつらと思いたどって書くことをご容赦願います。
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親父は、昭和ひと桁の4年生まれで、私達家族には、おおよそ笑顔を向けられた記憶がありません。
『家族の前で笑うと損すると思ってんじゃないの!』 これが母の口癖でした。
そうなんです。毎日見る遺影も仏頂面です。
父は沖縄県の石垣島生まれで、農家の6人姉弟の末っ子で長男。まさに型どおりの我がままな人でした。
学校を卒業後、税務署に勤め、若いころは県内をあちこち転勤させられたようで、石垣に戻って島にとどまりたいと願い、そして幼馴染の市長の誘いで転勤のない市役所の税務課に転職しました。
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そうだこのエピソードからいたしましょう。もう古い話ですので当事者はほとんどいないことにして、手始めに親父の頑固ぶりから。
実家の隣の元市長(故人)と父は幼馴染で、私も物心つく前から自分の家のように行き来していまして、まー仲良くしていていました。そんな関係で父は長年務めていた税務署を辞め、市役所に鞍替えしたのでした。

因みに家も隣、そして道路拡張工事で立ち退く前から、現在のお墓までも隣同志です。

親祖先の代から『となり』兄弟のような二人がある日突然、急に不仲になりました。
それはそれは大変なことになり、困ったのは家族だけでなく、ご近所をはじめ町内、さらには役所の皆さんも腫れものにさわるようなお付き合いをしたのでしょうと、今になって思えば想像がつきます。
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何が原因で不仲になったか私には未だにわかりませんが、とにかく和解することなく二人は他界しました。
確か私が中学校の頃だったと思いますが、半月ほど仕事に行かない日が続いて、『家族はどうなるのかな~』なんて子供心に心配していましたが、母はほとんどこのことについて語りませんでしたし、今更ながら詮無いことを聞くつもりもありません。
そしてもちろん当人たる父もその理由について具体的に語りませんでしたが、お骨も隣にあることですし、おじさんと後生でどんな付き合いをしてるのかな・・・・
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ほんとに意地っ張りで(もちろん親父のことです)苦笑するしかありません。
私にとって伯母にあたる父の姉たちは揃って穏やかで、年の離れた父と伯母との会話を聞くにつけ『どっちが年上なの?』と首をかしげたくなることがしばしばありました。
これは祖母方の血のなす業(わざ)であると、よく周りの人から云われました。(*^_^*)
おっと!ご先祖様勢ぞろいで今晩の夢に出てこられると困るのでこれ以上はやめておきます。
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今日のところはこれくらいにさせていただきます。この次は親父の自慢話といたしましょう。
 東京都では、『木密地域不燃化10年プロジェクト』の実施方針を策定し、6月28日に、震災時に大きな被害が予測される木造密集地域での延焼を防ぐことが期待される23区間、総延長23km、23路線を選定しました。

荒川区では、通称サンパール通り(町屋駅~明治通り)の1200mがその特定整備路線となりました。都市計画道路は、これまで道路網の整備を目的としていましたが、この事業は区と連携して、沿道の建物の不燃化も併せて促進していこうというものです。また木密地域改善を加速させるため、重点的、集中的に整備を進め、権利者の生活再建や税制など、特別な支援も行います。

そして今後8年以内に100%達成を目標に掲げ、整備していきます。

サンパール通りの幅員は、約15メートルとなっていますが、都電と並行して、道路の東側を拡幅し、25メートル道路にする計画です。またこの路線は、現在の京成町屋駅改札付近を通過して、尾竹橋通りまで抜ける計画となっています。今回の整備を機に、防災面と併せて、駅周辺の歩行者の動線についても配慮すべきです。

これをお菓子の最中に例えると、尾竹橋通り、明治通り、サンパール通りの幹線道路が『かわ』。街区の内側が『あんこ』になります。

住民協同で、肝心かなめの『あんこ』のまちづくりが必要です。

荒川区に放射線量測定を要望

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連日、荒川区での福島第一原発の放射能測定がなされていないことへの報道がなされていましたが、荒川区議会自民党では、本日、10月22日に文科省から測定のガイドライが示されたことを受け、放射能測定の要望書を荒川区長あてに提出した旨の連絡を得ました。

 

荒川区内では、7月に東京都で1カ所、8月には首都大学東京の専門家によって公園等を含む6ヶ所の測定を実施してきましたが、さらに学校などについても線量調査を求める声が私たちに多く寄せられていました。

 

これまでの調査では、基準値以下の結果とはいえ、放射能によって甲状腺がんや、白血病などの健康被害が危惧され、特に子供たちを取り巻く環境については本当に安心なのか、五感で感じることのできない放射能汚染の不安は、震災から7カ月を経過した今なお拭えない状況にあります。

 

このほど国から『放射能の正しい測定指針』が出されたことにより区としても、小中校、幼稚園、保育園などの複数個所の測定を行い、区民にわかりやすく情報を提供することを求めたものです。

 

また、数日前に東京新聞に掲載された記事について明らかな誤りがあることについてふれさせていただきます。荒川区教育委員会が区内の中学生を集めて『「東日本大震災から学ぶ中学生講座」』を実施とありましたが、これは全くの誤報であり本来の目的とも乖離した筆致で、私も当事者の一人としてあえてその経緯についてコメントいたします。

 

この講座開設の発端となったのは、荒川西ライオンズクラブという社会奉仕団体の会員が発災直後からおっとり刀で数次にわたって被災地支援に出向き、現地の惨状を目の当たりにし『私たちに何ができるのか?今できることを行動しましょう』と議論を重ね募金活動や、現地での研修会なども行ってきました。

そして、まず身近のできること。地元の子供たちに確かな情報と、正しい知識を伝えたい。ことを目的に実施したものです。

 

講座のカリキュラムは次の通りです。

①地震のメカニズム②放射能の対応③電力の受給状況④節電対策⑤ボランティア⑥被災地支援⑦防災についてなど、夏休みに2日間にわたって行われたもので、民間主導で行ったものです。むしろ東電社員には放射能汚染問題という厳しい批判にさらされているさなかでも、しっかりと説明責任を果たしてもらいたい、とのねらいがあったことを付言させていただきます。

 

昨日、近所のお茶販売の社長さんに声をかけられ立ち話をしました。『風評被害で同業者の倒産が相次いで本当に困った!なんとかしてくれ』と悲鳴と苛立ちの声も寄せられました。

もちろんお茶限った問題ではありません。

 

『すべての行政は国民のために行われる、すべての責任は政治がとる、あらゆる称賛と栄誉は現場に与えられる』国難の時にあって私たち政治家が、心して臨まなければならない箴言です。

野田総理就任から約一月となるこの週末に各報道機関一斉に世論調査を行なっった。発足直後と比較して、約一割支持が低下して、不支持はその逆だ。小沢一郎元代表の秘書に有罪判決が出たこと。鉢呂前経産相の発言問題、震災復興財源の増税問題等々が低下の理由のようだ。

 

先日から私に寄せられた複数の声は、立て続けに短命内閣となっていることへの、嘆きの声があった。明らかに怒りや政治不信を通り越し、不作為を憂いての発言だ。

小泉政権以降いえることだが。

 

さて、今年もノーベル賞の時節到来で、日本人が受賞することへの明るい話題に期待したい。

ところで先週末のこと。本家ノーベル賞の前に、イグノーベル賞なるものの報道があった。実に機知に富んだ研究をしている世界中の頼もしいみなさんの発想に和やかな気分になった。

 

日本からも、耳の聞こえない人へのワサビ臭の火災報知器の開発が選ばれ、素人の私にでも理解でき、ふっと笑える研究で、歴代では必ずしも名誉なこととはいえないものもある。あのドクター中松先生もかつての受賞者だ。それは何となんと34年間も自分の食事を撮影して、脳の働きを分析したことが理由だそうである。

 

そう言えば、民主党初代総理のルーピーと言われた鳩山さんの論文も面白かったな!思い出した。『お見合いの数理』なるもの。これだってイグノーベル賞の受賞条件に当てはまるのでは?

 

おおよそこうだ。『10人の女性とお見合いをする。初め3人は見送って4人目以降からベストと思う人にプロポーズすると、4割の確率でベストパートナーを選ぶことができる』というもの。

 

ということは、単純に言って民主の総理は3人目野田さんまで見送るということ?

 

次は我ら自民の総理でいきましょう。

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